「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「やるかやらないか」って考えないで「どうすればできるか?」って考えればいいんだよ。

「極論」で話したほうが分かりやすいときもあるけれども、あまり極端になると、「現実」と乖離しちゃうんだよね。

 

 

なにか「やりたいな」ってことがあるとするでしょ?

 

そのときに「やるか、やらないか」って白黒の発想になっちゃうと、もったいないと思うんだよ。

 

 

たとえば「一軒家ほしいなー」って思うでしょ?

 

 

それを「買うか?買わないか?」って発想すると、進まなかったりするんだよね。

 

あとは「ムリ感」が増える。

 

 

それは「買うか?買わないか?」の発想法だと、わりと「できない理由」が出てきやすいからなんだ。

 

「買うといっても、今の給料ではなぁ」

 

「土地もないしなぁ」

 

「払いきれるか心配だしなぁ」

 

なんて感じで。

 

 

それがさ、「どうやったら買えるかな?」って発想になると、「買うための行動や方法」が浮かんでくるんだよね。

 

「〇〇で、××したら、ローンが組める」 

 

「△△で借りたらいいかも」 

 

「〇〇さんに、相談してみよう」 

 

などなど。

 

 

つまり、「問いかけ」が「答え」を決めてしまうんだ。

 

 

ってことは。

 

 

「やりたいことはやればいい」わけ。

 

 

「やりたいことはできる」ってわけ。

 

 

それを大前提にしちゃうわけ。

 

 

そうしてから、

 

「どうやるか?」

 

「どうすればできるか?」

 

「どんなやり方ならできるか?」

 

っ質問をすればいいの。

 

 

「やりたい」ってことを「やらない」なんて選択肢はなくしてしまえばいいんだよ。

 

 

もっかい言うよ。

 

 

「どうやるか?」

 

「どうすればできるか?」

 

「どんなやり方ならできるか?」

 

 

って、じぶんに問いかけるの。

 

 

そうしたら「やらない」「できない」っていう選択肢はなくなってしまう。

 

 

んで「やらない」「できない」選択肢がなくなると「できる」しかなくなるの。

 

 

で、からだに「できる気」が通ると、「できる」んだよね。

 

 

だから「できる前提で質問する」ってことが、とっても大事なのです。

 

 

center-muscle.hateblo.jp