「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

親に感謝するヒマがあるなら、まずは「じぶん」をゆるす。

なんにしても、まずは「じぶん」を奥の方でゆるすということなんですな。

 

うまくいかなったりするのって、かならず「奥の方のじぶん」を責めてるんよな。

 

 

だからまずは

 

「つらかったね」

 

「よくがんばったね」

 

「大変だったね」

 

って「じぶん」に寄り添ってあげることだよね。

 

 

まずは、その「奥の方のじぶん」が「奥の方に抱える感情」にイエスを出してあげることさー。

 

 

そのときに、「となりの誰か」と比べちゃダメなのよ。

 

 

「おれよりも、あいつのほうがもっと大変だったはず」とか

 

「私なんか、彼に比べたら大した環境じゃない」とか

 

「ぼくよりも、つらい子が世界にはいる」とか

 

 

そんなんウワベだけの上っ面の思考なのさー。

 

だから、そんな立派な思考しないでさ、

 

「つらかったなぁ」

 

「あれは、イヤだったよ」

 

「苦しかったなぁ」

 

ってことを、素直に感じちゃうことだよね。

 

 

俺さ、小学生のころ給食が食べられない子でさ、いつも休み時間とかそうじの時間まで食べてたんだけど、

 

そのときにさ、

 

「アフリカの子は、ごはん食べられない子もいるんだよ」

 

なんて言われても、正直知ったこちゃったないわけ。

 

 

「アフリカの子は、アフリカの子。とにかく俺はのどがつまって苦しいねん!」

 

って話じゃん?

 

 

とにかくさ、「そこにある感情をそのまんま感じさせないためのオトナの論理」って、すっごくたくさんあるわけ。

 

 

子供が泣きたい時に泣けないようにするルールってのかな、脅しみたいなのをオトナはたくさん持ってるのよ。

 

「泣いたらごはん抜きね」とかさ。

 

 

んで、誰しもそうやって感情ぜんぶを感じきって育ってきた人っていないの。

 

 

だから、ほぼ全員が「子供時代をやりなおす」必要があると俺は思ってて。

 

 

それがすなわち「じぶんを丸ごとゆるす」ってことなんよね。

 

 

で、それをする前に「親に感謝」とか絶対やっちゃダメなの。

 

 

そもそも「親に対する感謝」は湧き出てくるもので、「感謝しよう」っていうスローガンでは、こころは動かないの。

 

だからさ、いま「親に感謝」できない人は、それで正常なんだよ。

 

それは「奥の方のじぶん」をゆるしたあとのステージなの。

 

で、そのステージは勝手にやってくるから。

 

 

だから安心して、まずは「奥の方のじぶん」の言い分を聞いてあげてほしいんだよ。

 

で、そこに心から同調する。共感・共鳴する。

 

 

ひとりで戦ってきた「じぶん」を、どこまでも癒してあげる。

 

 

そしたら、からだがゆるんでくるのね。

 

ほんとに、内側からふわーーっと。

 

 

で、それが進むと、今度は「内側の筋肉」が動いてくる。

 

そうすると、なんかね「切ない感じ」になって、それと同時に「ありがたやー」って感じが出てくる。

 

 

これは「からだの内側の筋肉」が動いてくると、自然にそうなるの。

 

だから巷にあふれる「アタマの、知識系のメソッド」を鵜呑みにしてほしくないんだよ。

 

 

もちろん、素晴らしいものもあるんだろうけどね、アタマで考えたメソッドを続けると、さらにこじらせちゃうから。

 

 

やはりオススメは、カラダを開きながら、ゆるめながら「じぶんをゆるす」っていうプロセスを愉しむことだよね。

 

ゆるめ方は、ここで全部公開してるよ♪