「自分が出来ていないことを教えてもいい」という考え方~不安なカウンセラーの方へ~
「人に教える」とか「気づかせる」という職業のジレンマとして、「自分が出来ていないのに教えてもいいのか」という話がある。
ある人は言う。
「自分が出来てないのに、人に教えるなんて詐欺だ」と。
そして
「その考え方が正しいんだったら、それを使って売れてみろよ」
「自分のメソッドで、恋愛や結婚を成功させてみろよ」
「その方法論を使っているあなたが幸せじゃなさそうなのはおかしい」
と。
これはもっともな意見で、たとえばぼくが
「少年野球のコーチ」や「出版プロデューサー」や「ろくろの作陶の講師」になったらおかしい。
それは、やったことがないからだ。
なんの経験も知識もないのに、コーチや講師になったら、さすがにおかしいと思う。
ネットワークビジネスで健康食品を扱う人が、不健康そう。
宗教の勧誘に来る人が、そもそも性格がウザい、とかもこれに値するだろう。
だからたしかに、「教える」ことにある程度の「資格」というか「語る権利」のための実体験などは必要だと思う。
けれども、究極のところ、「自分で完成しきる」なんてことはありえない。
何かで「世界一」の称号をもらったら完成なのか。
「日本一」と誰かに評されたら終わりなのか。
そんなことはない。
どんな「道」も生涯、終わりなき旅のはずだ。
ってことは「自分ができてないのに教えるなんておかしい」っていう意見は、あまりに厳しすぎるとぼくは思う。
つまり、「できていないのに教えてもいいんじゃない?」というのが、おぜっきーの意見だ。
もっとカンタンに言えば、「そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃない?」ってこと。
健康系の商品を扱ってても、風邪ひいたり病気になったりすることくらいあるよ。
恋愛カウンセラーだって、恋愛で失敗することあるよ。
集客コンサルが、集客に失敗することだってあるよ。
そんな完璧にはいかないって。
おれはさ、「教える」ってのは、「できてるかどうか」じゃなくて、シンプルに「教えるのがうまいかどうか」ってのを基準にすればいいと思うよ。
プレイヤーとしての才能と、ティーチャーとしての才能って別なんだよね。
高校のころ、数学の天才みたいな先生がいてさ、「和算」っていう江戸時代の数学の研究者として日本で五指に入るって言われてたんだけど、授業が分かりにくいのよ(笑)
天才すぎて、高校生のアタマじゃついていけないの。
「ここはa+bがΣでφがΘになるだろ?」
みたいな。計算が早すぎて分からないんだよwww
いやね、すごくいい先生だったんだけど、「分かりやすい先生」ではなかったんだよね。
それに「できないのに教えちゃいけない」って話だったら、スポーツの監督とかセコンドもダメってことになっちゃうじゃん?
でもやっぱりさ「岡目八目(おかめはちもく)」ってことざわがあるように、「傍から見ているからこそ分かること」ってあるんだよね。
それはさ、「できていない」状態でも見えるんだよ。
他人だから。
で、「傍から見た状態」を分かりやすく、相手が納得するように教えてあげれば、それはぜんぜん仕事として成り立つと思うんだ。
だからね、今
「こんな未熟なのに教えることしていいのかな?」
って不安な人は、
「お客さんさえ納得すれば何をしてもいい」
っていうフレーズを覚えておいたらいいと思うよ。
だって、みんな未熟なんだもん。
みんな未完成なんだもん。
むしろ「完璧に出来てる人」が「不完璧な人」に教えてあげるっていう構造のほうが不自然でしょwww
おぜっきーはさ、デブが「ダイエットカウンセラー」やってもいいと思ってるよ。
「私はヤセることには興味はありませんが、他人をヤセさせるプロです。ただし、私はデブが好きなので、ヤセる気はございません」
って人がいたら、めっちゃ好きになっちゃうな。
「貧乏だけど、お金を稼がせるプロ」とかね。
「不健康だけど、他人を健康にする整体師」とか。
その意味で、おぜっきーはラクなんだよね。
教えてるっていうか「共有」したいことが「理想論」だから。
「カラダを研究していった結果、たぶんこうしたら身体も心理も商売も、さらにラクになるはずだ。いちおうこんな結果が出たこともあるんだけど、一緒にやってみませんか?」ってスタンスだから。
だから、夫婦ケンカすることも、集客に失敗したことも、オープンにできる。
まだまだ「道」の途上だと、自分でいちばんよく知っているから。
その逆に、
「自分は出来てないのに、いいのかな?」
って思う人はたぶん、「自分に憧れさせる系モデル」を採用しているんだよね。
「私は美人です。私みたいになりませんか?」
「私は金持ちです。私のようになりませんか?」
「私は成功者です。成功の法則を教えましょうか?」
って人は苦しいと思うよ。
自分がヒエラルキーのトップに位置してるから、エゴちゃんは喜ぶんだけど、その位置からズレることができないんだからね。
つねに完璧でいなきゃいけない。
「こうであるべき」
をいつも自分に課しているんだからね。
「理想の上司」「理想の親」を目指しちゃう人も、きっとそんな感じなのかもしれない。
でもね、どうせみんなウンコなんだよ。
だからカッコつけても仕方ないんだよね。
これからさ、みんなアタマよくなってきて、ヒエラルキーに騙されなってくるよ。
トップでキラキラしてるように見せても、「どうせ悩んでるんでしょ?」ってバレちゃうよ。
だったら、自分からさらけ出したほうがラクだよね。
そして「自分に憧れさせる系」のスタンスを捨ててしまうこと。
そしたら
「自分はできないのに、いいのかな?」
って不安はなくなると思うよ。
ってなわけで、カラダの楽な使い方を分かりやすく教えることにかけては一流のおぜっきーが、またまたセミナーをいたします(笑)