いくつものアイデンティティを愉しむ生き方~じぶんとは誰か?~
「じぶんとは誰なのか?」
この問いのなかに、「生きる喜び」のヒントが隠されているような気がする。
「ぼくは尾関直人です。」
と
「ぼくは、おぜっきーです」
だけでも意味合いが違ってくる。
それほどに面白く、奥が深いのが
「じぶんとは誰なのか?」
という問いなのだ。
その一つの答えとして「アイデンティティ」というのがある。
これは「究極の答え」ではないけれども、この「アイデンティティ」があると、割と安心感があったりするし、「じぶん哲学」も深まりやすい。
その観点で、今ぼくのアイデンティティを考えてみると、いくつかのアイデンティティを持っている。
ひとつは、ハラ生き道の創始者であり、ハラ生き研究所の所長、ハラ塾の塾長という肩書。
このブログやメルマガなどは、基本的にはこの顔でやっている。
このアイデンティティは、宗教家的な側面が強いように思う。
思いを発信し、共感者を募る。
そして「幸せ」を循環させていこうというあり方がメインだ。
2つめは、「からだの研究家」というアイデンティティ。
合気道と整体という、からだ関係が好きなことから、「からだとこころ」の関連を研究したり、からだの有効な使い方、からだの不思議を探検する。
これは学究的な側面が強く、学者・研究者としてのおぜっきーがいる。
3つ目は、経営者・プロデューサーとしてのおぜっきー。
広告・マーケティング・HPなど、顧客・クライアントの気持ちを考えるビジネスを愉しく感じるおぜっきーがいる。
その観点から、「能力は高いのに魅せ方が上手くできない人」をプロデュースするのが大好き。
高すぎる能力を、現代社会のレベルにチューニングするのは得意だと思う。
最後は4つ目、アーティストとしてのおぜっきー。
水墨画・書・詩など芸術家としての側面。
風の歌を聞き、花の美しさに心震わせ、空と大地の愛に共鳴するアーティストとしての一面。
あとは、もちろんパパとして、夫として、息子としての「おぜっきー」もいる。
以前は、これを統合しようとして、悩んだこともあった。
「いったい、どれが本当の俺なんだろう?」
と。
でもね、「ぜんぶ俺」なんだよね。
いろんな顔があって、それがぜんぶ俺。
ただ、それだけ。
で、そのいくつもの顔が、順番に顔を出してくる。
それを愉しんでいけばいいんじゃないかなって思ってる。
あなたは、いくつのアイデンティティを持っていますか?