「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「続けられないこと」よりも「じぶんを責めちゃってること」が問題。

1つ目の記事はこちら

2つ目の記事はコチラ。

 

ぼくが言いたいのは

 

「続けられる人」はスゴイ人じゃないし、「続けられないあなた」はダメな人じゃないってことです。

 

「1日も休まず努力できる人」は、自己否定が強いか「やりたいことやってる」だけ。

 

 

じゃぁ「ついサボってしまう人」は、どうなってるかというと

 

「傷ついてる」

 

んです。

 

 

つまりね、小さいころに「好きを追求」しようとして、悲しい思いをしてるんですよ。

 

何か習い事をやってみたら、笑われたとか。

 

あとから始めた人に抜かされたとか。

 

好きな服を着たら「変だ」と言われたとか。

 

お金がなくて、やりたいことが出来なかったとか。

 

 

「ああ、好きを追求したら傷つくんだ」

 

「好きを追求しても、どうせ無理なんだ」

 

「それなら何も表現しないし、いっそ好きを感じないようにしてしまえ」

 

って傷ついているんです。

 

 

だからオトナになっても「好き」が見つかるのが怖いの。

 

だって「好きを見つけて、それを求めたら傷つく」っていう設定になっているんだから。

 

 

ほんで、

「好きを追求したら傷つく」

「好きを追求するのは無理」

「好きを感じないほうがよい」

っていう設定になっているから

 

「好きが分からない」し、だから「継続するエネルギーが出ない」し、「三日坊主になってしまう」

 

んだよね。

 

 

ってことは、「続けられないあなた」「サボってしまうあなた」「好きが見つからないあなた」は、ぜんぜん悪くないってことも分かるだろうか。

 

 

幼いころに夢を挫かれてしまったあなたに、いったい何の罪があるというのでしょう。

 

何にもないよ。

 

むしろ「夢を挫かれてしまったのに、よく頑張ってきたね」って褒めたたえるべきで、

 

「やりたいことが分からなくてダメだ」

 

「続かなくて三日坊主だからダメだ」

 

って傷ついている自分を二重に責めてしまっては、それは苦しいよね。

 

 

だから俺は、そういう対応をオススメしない。

 

だって、誰も得しないもの。

 

 それよりも傷ついちゃた自分に対して

 

「悔しかったよね」

 

「悲しかったよね」

 

「つらかったよね」

 

と共感してあげることが大事なんだと思うんです。

 

 

そこで初めて「癒し」が起こり「こころのスキ間」が埋められ満たされていく。

 

そして人は満たされるとゼロベースから「純粋な好き」が生まれてくるのです。

 

 

なのでステップとしては

1:傷ついた自分に共感してあげる。自分をゆるしてあげる。

 

2:自己否定が減り、満たされ感が高まる

 

3:怖いけど、「好き」が見えてくる

 

というプロセスを踏んでいくとよいのではないかと思います。

 

 

コチラでは、さらに詳しい解説をしますので、興味あればチェックしてみてください。

 

↑【残席2名】

↑【残席5名】