やりたいことをやってお金が入る人 破産する人
どうしたらお金がたくさん流れてくるのか。
そんな疑問が多くの人の興味を引いてきた。
最近では
「好きなことをするとお金が増える」
「やりたいことをやれば、お金が入ってくる」
という論調が多かったりする。
けれども、もちろん「法則からあぶれる人」というのは、いつの時代でもいるのです。
というか、「法則」じたいの定義があいまいすぎて、じぶん勝手に解釈した人が破滅していくといったほうがいいでしょうか。
最近になって気が付いたのですが、
「やりたいことをやればお金が増える」
「好きなことに夢中になれば、お金が入ってくる」
というのは無条件の法則ではなくて、「ある一定の条件」を満たしている必要があることが分かったのです。
では一体、その「ある条件」とはなんなんでしょうか。
それは
「精神が成熟していること」
なんです。
もっとカンタンにいうと
「オトナであること」
ですね。
ここでいう「精神が成熟していること」というのは、
「相手の喜びを、じぶんの喜びとして感じられること」
です。
精神が未熟であるというのは、端的に言えば、「じぶんのことしか考えられない」ということです。
「じぶんだけ良ければいい」
「奪う発想になっている」
「じぶんだけ得したい」
「勝ちたい」
こういう思いが強ければ強いほど、精神が未熟であると言えるでしょう。
そして、そんな状態で「やりたいこと」をやっても、じぶん勝手になってしまい、お金が入ってくるわけなどないのです。
ぼくが思う「お金が入ってくる法則」の第一位は、
「求められることをやる」
です。
これって、すごくシンプルで、「求められていること」をやれば、もうその場ですぐにお金が発生するんですね。
「肩もんでくれ」
「はい、もみます」
「ありがとう。1000円あげる」
という、ひどくシンプルな構造です。
ただ、この「求められること」、じぶん的には、あまり愉しくない場合もあるんですね。
これは、「じぶんの才能」に気づいていない場合に、起こりやすい。
世間は「あなただったら、これを頼みたい」というものがある。
けれども、本人がエゴで否定している。
「わたしは、それは苦手」とか
「それはやりたくない」とか
「ピンとこない」
なんて言って、流れが止まってしまうことがある。
それが「才能が開花してくる」につれて「求められること」と「好きで得意なこと」が一致してくるのです。
つまり「じぶん(の才能)を認める」ことが進んでくると、「好きなこと」=「求められること」になってくるのです。
そしてそれこそが「精神が成熟してくる」ということでもあるんですね。
その段階になれば、あとは「好きなこと」をやりまくればよいのです。
精神が成熟して、才能が開花した状態であれば、
「じぶんの喜び=目の前の人の喜び」
になります。
そうなると、「じぶんが愉しむだけの企画」を作ったつもりが、目の前の人を愉しませてしまう。
また「目の前の人」を喜ばせようとすることが、みずからの喜びになる。
いわゆる「あなたはわたし、わたしはあなた」の状態になってくるわけです。
これはオナニーを愉しむ段階から、セックスを愉しむ段階へのシフトとも言えます。
じぶん一人で、じぶんのタイミングで、勝手な妄想で、エネルギーを消費するオナニーと。
ふたりで、相手のタイミングに合わせて、相手を思いやって、エネルギーを循環させるセックスでは、まったくレベルが違います。
なのでアバンギャルドな言い方をすれば
「セックス的に生きる」
ことが精神が成熟することであり、「やりたいことをやってお金が入ってくる」秘訣だと言えるでしょう。
それは究極的なことを言えば、
「じぶんの欲望と宇宙の欲望を一致させること」
なのです。
はじめは「アタマのじぶん」と「ハラのじぶん」を仲良くさせる。
そのあと「目の前の人」と欲望(ゴール)を一致させる。
それから「目の前の人たち」と欲望を一致させる。
そうして、どんどん拡大させていって最終的に
「じぶんの欲望と宇宙の欲望を一致させる」
ことができれば、たぶんそれが究極の幸せだと思うのです。
ハラ生き道では、そういう幸せを求めていきます。