「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「断ったら傷つけちゃう」んじゃなくて「断ったら傷つく」んだよね。

嫌なことは断るのが、ハラ生きの基本です。

 

 

「断れない」という人が言うのは

 

「断ったら申し訳ない」

 

「断ったら傷つけちゃう」

 

ということ。

 

 

けれども、その心をよく観ていくと、実は

 

「断ったら、傷つく」

 

ということなのです。

 

 

つまり、

 

「断る」ということをする自分は悪いと自分を責めてしまう。

 

「悪いことをしている」と、ニセの罪悪感にさいなまれる。

 

 

だから、断れない。

 

 

けっきょく自分が「いい人」でいたいというエゴなのです。

 

 

しかし、そこに気が付かないで

 

「断ったら傷つけてしまう」

 

なんて人のせいにしてみたりする。

 

 

「いい人」をよく観てみると、ほとんどは傲慢さを隠しているだけだ。

 

 

本当は、嫉妬深く、自分勝手で、自分を守ることしかアタマにない。

 

 

「断る」ことができる関係こそが、信頼関係なんだ。

 

 

「要らないときは要らないと言える」

 

「イヤなことはイヤと言える」

 

「やめてほしいときは、やめてほしいと言える」

 

 

それでいて、後腐れがない。

 

お互い淡々としている。

 

 

それが「軸」のある人どうしの、ハラ的な関係だ。

 

 

 

「からだの軸」がなくて、身体がフラフラしている人は心もフラフラして依存している。

 

 

すると

 

「断ったら傷つけちゃう」

 

なんていう言葉が出てくる。

 

 

言葉ひとつに、あり方のすべてが出ていることがある。

 

 

ちょっとした口ぐせ、表現から見えてくるものがある。

 

 

じぶんの言葉の「前提」を探ってみると、驚くことがある。

 

 

じぶんのこころの「有り様」は、なかなか見えないものだね。

 

 

けれども、「見よう」とすることで、軸も整ってくるんだよね。