「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「依存」を否定する以上は、依存は終わらない。

心理学とかって、生半可に勉強を開始したときがいちばん危うかったりする。

 

心のことを知り始めると、まずはマウンティングしたくなる。

 

 

「あー、この人、まだまだ見えてないな」とか

 

「ぜんぜん心の仕組みを知らないな」とか

 

「学問してる自分」に酔ってしまって、他人を見下しはじめる。

 

 

これは、ぼくもありました。

 

 

それから成功哲学なんかも読んでいくと、ポジティブ、プラス思考、「考え方をポジティブに」みたいなのにハマり、またマウンティングしはじめる。

 

これをぼくは「ポジティブ・ハラスメント」と呼んでいる。

 

 

 

それから、やたらと「依存」を嫌悪し、否定するようになる。

 

「依存はよくないことだ」

 

「依存しているからいけないんだ」

 

「依存さえやめれば、ラクになるのに」

 

というように、「依存」を「排除」したくなる。

 

 

けれどもここに落とし穴がある。

 

「依存」を嫌い、「依存」を排除しようとするのは、実は「依存」に「依存」している状態なのだ。

 

 

そもそも「依存する」とは、カンタンに言うと、

 

「それが気になりすぎる」

 

ということなんだよね。

 

 

恋人に依存するのは、恋人が何をしているか、どう思っているかが「気になりすぎる」

 

 

仕事に依存するのは、仕事がうまくいくか、成果が出るかどうかが「気になりすぎる」

 

 

お酒に依存するのは、何をしててもお酒のことが「気になりすぎる」

 

 

ということなわけです。

 

 

 

で、もちろん、「それ」が気になりすぎて依存してしまうのは、

 

「いま、ここにいる自分に対する自信がない」ことと

 

「今、ここに居ていいんだ」という気持ちよさがないからです。

 

 

 

それを「ハラが座っていない」「ハラが決まっていない」「ハラが満たされていない」と言います。

 

 

ハラが座っていない(根本的な自信がない)

不足感、不全感を感じる。

それを補うために「勉強」する。資格を取る。

マウンティングする

エゴは満たされるけど、ハラが満たされない

不足感、不全感を感じる。

以下同じ

 

 

という無限ループに入っているわけですね。

 

 

で、「依存」がなくなれば、ここから抜け出せると感じるのです。

 

 

だからこそ「依存」を否定したくなる。

 

 

 

けれどもハラの観点からしたら、それは違うんです。

 

 

「依存」を拒否し、「依存」を否定し、「依存」を排除しようとするのは、「依存してるかどうか」が気になりすぎているんです。

 

 

つまり、「依存」に「依存」している状態。

 

すると、また「依存地獄」に落ちていくわけです。

 

 

 

じゃー、どうすればいいか。

 

 

さっきのループの図を見ればわかりますね。

 

1行目の「ハラが満たされていない」が原因なんだから、「ハラを満たせばいい」わけです。

 

 

そのために大切なことがあります。

 

 

それが

 

「依存を肯定する」

 

ということなのです。

 

 

「依存をやめなきゃ」と思っているとき。

 

「あの人は依存しているからダメだなぁ」と分析しているとき。

 

「依存さえやめれば幸せになれるのに」と見下しているとき。

 

 

それは、すべて「依存」に「依存」している。

 

 

 

そーじゃなくて、「依存」を受け入れてしまうのです。

 

「依存OK」

 

「今は依存してもいい」

 

「依存してもしなくても、どっちでもいいんじゃない?」

 

 

と、ゆるく、やさしく、ゆるむ。

 

 

すると「依存」を気にしすぎることがなくなる。

 

つまり、依存に対する依存から抜け出すことができるのです。

 

 

 

そう、「自立」というのは、無理にするものじゃない。

 

「自立」は、「依存」が気にならなくなったとき、「自然と起こる」ものなのです。

 

 

ぼくらは依存状態で生まれてくる。

 

赤ちゃんは、母親にもおっぱいにも依存している。

 

そして経済的な依存は、場合によっては30年以上も続く。

 

 

その依存は「甘え」とも呼ぶことができるだろう。

 

 

けれども、依存や甘えが必要な時期もあるんだ。

 

その欲求が充分に満たされないから、いつまで経っても自立が起こらない。

 

 

自立とは、「依存を肯定できること」と定義することができるだろう。

 

 

そして「肯定」は、「どっちもでいいじゃない?」と、ゆるい態度で向かい合えることだ。

 

 

どうやって、ゆるい態度のまま、悠々と「依存」に向かいあうのか。

 

 

それこそがハラのなせるわざなのです。

 

 

ハラが座ると、依存に対して寛容になる。

 

依存を受け入れることができる。

 

そして「依存」を認め、ぞんぶんに甘えさせたとき、お互いの「依存」が終わるんだ。

 

 

そう、依存に対して嫌悪感があるときは、「依存したい欲求」を抱えているときなんだ。

 

 

そこを見たくないから、依存している人を糾弾したくなってしまう。

 

 

「もっと甘えたいよ」という思いが素直に表現できること。

 

 

それが本当の自立なんだと思う。

 

そして、その素直さを得るには、ぼくは、からだをゆるめて、からだの軸をしっかりさせるのがいちばん近道だと思う。

 

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