「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

自分を「なんとかしよう」と思っているうちは苦しいのが続く法則。

自分に対して

 

「なんとかしよう」とか

 

「なんとかしなきゃ」とかと

 

感じるのが苦しみの素だったりする。

 

 

 

 

「なんとかしよう」の素は何か。

 

 

 

それは

 

「このままではダメだ」

 

という否定感であり、

 

 

「このままではマズイ」

 

という焦りであり、

 

 

「このままではイヤだ」

 

という嫌悪感だったりする。

 

 

 

それらをまとめて

 

「執着」

 

と呼ぶ。

 

 

手放せない思い込み。

 

勘違い。

 

愚かさ。

 

 

ぼくらがそれを捨てるためには、「自分」に対する

 

「なんとかなるかも」

 

という淡い期待を捨ててしまうことだ。

 

 

 

「すごい誰かになれるかもしれない」

 

「憧れの誰かに近づけるかもしれない」

 

「本気出せば、もっと行けるかもしれない」

 

 

そんなくだらない妄想をすべて捨ててしまう。

 

 

無理。

 

ムリ。

 

むりーーーーーーーー!!

 

 

何をほざいてるの。

 

 

すごくなんてならなくていい。

 

偉くなんてならなくていい。

 

 

そんな思いを抱えているヒマがあったら、自分のクソ部分と向き合っていく。

 

 

「それなりにイケてるかも」なんて妄想を捨てる。

 

「平均よりはいいかも」という妄想を捨てる。

 

「それなりにできてるかも」という妄想を捨てる。

 

 

そして、捨てて捨てて捨て切ったところで、

 

 

「なんともならんわ」

 

 

という「あきらめ」に到達したとたんに、ぼくらは解放される。

 

 

そう、ぼくらは

 

「なんともならん」のよ。

 

 

そして「どうしようもない存在」なのよ。

 

 

そんでもって「ろくでもないやつ」なんだよね。

 

 

そんな自分に対して「仕方ねーなぁ」という「ゆるし」が出たとき、ふっと

 

 

「なんともならんね」

 

 

ということが腑に落ちてくる。

 

 

 

それがハラ生きになるということなのです。

 

 

もう、なんともなりません。

 

どんな料理のしようもありません。

 

 

素材の味で勝負するしかない。

 

 

あなたは、なんともなりません。

 

 

それで、いいのです。

 

 

それしか、ないのです。