「ハラ生き道」

「からだの軸」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「続かない」のは理由がある。~だまされる勇気と恨まない覚悟~

 

↑前回記事の続きです。

 

ざっくり言うと、

 

何も継続してこなかった人が、とつぜん逆転満塁ホームランなんてムシのいい話しはないよね、

 

「不満の無限ループ」から抜け出すには、「続ける」しかないよね、

 

でも「なんか続けられない」ってあるよね、

 

ではその理由と解決法を伝えるねってことでした。

 

 

 

なぜ、「続かない」のか。

 

 

その理由は「不安」なんだ。

 

 

なにが不安なのかって「続けて損した」っていうのが怖いんだよ。

 

 

せっかく時間もお金もかけて続けたのに、無駄だったじゃないかっていう「後悔を体験したくない」っていう思いが強いと、続かないんだよね。

 

 

で、これはどういう発想から来ているかっていうと、「結果主義」の考え方から来ているわけ。

 

もしくはギブ&テイクの思想ね。

 

 

「こんな努力を続けました」に対して「こんな結果」が欲しくて仕方ないわけ。

 

 

別にこの発想法が悪いわけじゃないんだけど、この考え方は「続ける」ことには向かないよね。

 

 

言い換えれば「見返りを求める」発想だからね。

 

 

「これしたんだから、これくれよ」

 

っていう考え方。

 

 

だから「そうならない可能性があるなら、続けるだけムダじゃん」って潜在的におもっちゃう。

 

それで続かないんだよね。

 

で、そういう計算をするのは、つねに「アタマ」なんだよね。

 

 

 

じゃぁ、ハラ的な発想法ってどんなんって言ったら、それは

 

「だまされる勇気」

 

なんだよ。

 

 

で、「だまされる勇気」って何って言ったら、「恨まない覚悟」なんだよ。

 

 

で、「恨まない覚悟」っていうのは、「プロセス思考」のことなんだね。

 

 

 

つまり、いま投資していることに対して、いま全てを受け取っちゃう。

 

ぜんぶが「いま」完了している。

 

 

なんで「いま、すべてが完了」できるかって、それは嬉しいからだよね。

 

ハラが喜んでるから。

 

生きるってことの中で、ハラが喜ぶより嬉しいことはないんだよね。

 

それ以外、あとは余興。

 

 

だから結果が気にならない。

 

結果的に「結果を手放す」ことになる(笑)

 

 

まとめたら、「いまを愉しんでたら、だまされるってことがなくなる」ってことなの。

 

 

それで「だまされる」ってことがなくなったら、「だまされて恨む」ってこともなくなる。

 

 

それはさ、「いまを愉しむ」ことで「期待することがなくなる」ってことなんだよね。

 

 

 

つまり「続けられる」ことってのは、「期待してない」ことだけなの。

 

だから気軽に、気楽にできる。

 

 

逆に「続けられない」ことは、結果を期待してることなのね。

 

 

で、結果を期待しちゃうときは、自分の中心からブレてるとき。

 

 

自分の中心におさまっているときは、「いま、ここ」に喜びがあるから期待がない。

 

「ただ、それをすることが愉しい」

 

っていう状態だから、「勝手に続けちゃう」んだよね。

 

 

これが「続けられる」仕組みなんだよ。

 

 

だから「続かない」人から見たら、続けてる人は努力家に見えるかもしれないけど、ほんとうは逆なんだよね。

 

 

むしろ「続かない」人のほうが努力家で、続けられる人のほうが「好きなことやってる」だけなんだよ。

 

 

だから「続けるぞ!」って意気込むよりは、「心から好きなこと」見つけたほうが早いんだよね。

 

それで、「心から好きなこと」を見つけるには、カラダをゆるめればいいんだよ。

 

 

おれらは、「自分の好きなものを好きと言ってはいけない」ように洗脳されてるケースがあるからね。

 

いや、むしろほとんどの人は、洗脳されてる。

 

 

そこから解放されていくには、カラダをゆるめていけばいいんだよ。

 

 

そうやって自分の中心に出会っていくのが「ハラ生き道」なんだよね。

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