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「ハラ生き道」

「からだの軸」と「こころの土台」が整えば、「じぶんの本質」につながれる。

「ハラで生きる」ってことは「切なさ」を抱えて生きるということ。

 

切ないときー!

 

大好きなスナック菓子、もう少しでなくなりそうなときー!

 

切ないときー!

 

あれだけ暑かった夏が終わりを感じさせるときー!

 

切ないときー!

 

遠距離恋愛で、恋人が帰ってしまうときー!

 

切ないときー!

 

 

と、いうわけで。

 

 

「切なさ」です。

 

 

「切ない」というのをメタ的に表現してみると、「”終わり”に対する感情」なんですよね。

 

 

「いま、この幸せな時間が終わってしまう」

 

ということを意識した瞬間に、ぼくらの胸はキュッとなります。

 

それを言語化すると「切ない」ということになるのですね。

 

 

ぼくらは「愉しさ」が佳境MAXのとき、「終わり」のことを忘れています。

 

けどさ、「終わり」って、この地球に生きてる限り、絶対的に訪れるんだよね。

 

 

今日、超おもしろいワークに参加してました。

 

それは「あなたが、あと2時間で死ぬとしたら、何をしますか?リアルにイメージして、それを実際にやってみましょう。遺書を書いたりしてもいいです」

 

ということでした。

 

ぼくははじめ、「死のリアリティ」がイメージできずに、戸惑って他の参加者さんと雑談していました。

 

それで

 

「死ぬまでに一度は3Pがしてみたい」とか

 

「クルマ1台、ぶち壊してみたい」とか

 

「スーパーの商品を、全部ぶちまけたい」とか

 

よく分からないことを考えました。

 

 

けれども、なんか違う気がして、歩きながら瞑想を始めました。

 

そしたら、お酒が飲みたくなったのでドラッグストアで買って歩きながら飲み始めました。

 

 

そして人生を振り返りながら、

 

「人生もあと90分か。何がしたいかなー。このまま死んでもいいかも?」なんて考えていました。

 

すると、

 

「そっかぁ、これで終わりかあ。あっという間だったなぁ。でもまぁ、総じて愉しかったなぁ」って思った瞬間です。

 

「うわ、この世界が愛おしい!!!!!」

 

ってぐわわわーーーーん!と感じたのです。

 

 

そこからは、軒先に提げてある風鈴の音、道に生える雑草、すれ違うおばちゃん、白い雲…、すべてが愛しく感じるのです。

 

もう狂おしいほどに愛おしい。

 

ただただ、残る人たちに「何か差し上げたい」という気持ちになりました。

 

 

そこで真っ先に思ったこと。

 

 

「家族に会いたい!」

 

 

妻と子ども。

 

ラスト60分は、彼女たちと過ごしたい!

 

そういう思いが猛烈に出てきました。

 

 

そこで、妻に電話をしてみましたが、あいにく出ませんでした。

 

せんなく、”遺書”を書きはじめました。

 

 

そしたら、すごい泣けるのです。

 

あまりにも「離れたくない!」という執着が強くて、どんどん涙が出てきました。

 

「まだまだ一緒に暮らしたいよ」

 

という思いがあふれてきました。

 

 

そして、

 

「ああー、大切な大切なものは、もうここにあったんだ!」

 

と、めっっっちゃ体感したのです。

 

 

そのときぼくは、

 

「今までぼくは、今ここにあるべき”切なさ”を忘れていたんだ」

 

ということに気が付いたのです。

 

 

そう、生きるということは、切ないことなのです。

 

なぜなら、終わりがあるからです。

 

アタマで「魂は死なない」なんてしたり顔したって、身体は有限なのです。

 

タイムリミットがあるのです。

 

 

でも、ぼくらはふだんタイムリミットのことを忘れている。

 

あたかも生が永遠に続くかのように怒り、おそれ、嘆いていたりする。

 

 

けれども、まずはじめに感じるべきは「切なさ」だったのです。

 

それはつまり「終わりをおもう」ことなのです。

 

 

「終わり」を意識して切なくなる。

 

すると、「いまこの瞬間のこの世界」が愛しくなります。

 

つまり「成功も失敗もない」ということが体感でき、すべては体験であり、単なるプロセスなのだ、という安心感を得ます。

 

 

これが「愛しさと切なさと心強さの法則」です。

 

 

ぼくらが生きることは、瞬間瞬間が切ない。

 

出会った瞬間から、いつか別れることが決定するのです。

 

肉体の生がはじまった瞬間に、肉体を失うことが決まります。

 

何かが創造されれば、それはいつしか破壊されます。

 

 

息は吸ったままにして、お金みたく「貯息」することができない。

 

吸ったら、数秒後には吐き出すことになる。

 

それすら丁寧に考えれば「切ない」ことなのだとも思う。

 

 

そしてぼくらはこの「切なさ」を忘れたとき、ありえない「未来永劫」を想像し、不安になり、「死なないように」対処しはじめる。

 

 

そこを「いかに死ぬか」ということにフォーカスすることによって、「今をいかに生きるか」ということに目が向いてくる。

 

 

そのためにも「終わりの切なさ」をいつでも胸に刻んでおくといいと思うのだ。 

 

それでこそ、目の前の人を「大切に」「親切に」できるんやね。

  


ちなみに、「おぜっきーの遺書」全文は、近々こちらのLINE@で公開しようと思っています↓

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